警視庁HIV不当解雇事件の概要
(原告の覚書から)
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 原告は1997年、大学院修士課程在学中に警視庁(東京都)警察官を志し、採用試験を受けた。同年11月1日に合格通知を受け取り、採用候補者名簿に搭載された。その後1998年3月に大学院を修了するが、4月になってからも採用通知は一向に来ず、原告は不安になり警視庁採用センターに連絡を取った。「合格したのであれば安心して待っていなさい。いずれ採用通知は届きます」という返事をもらい、その言葉を信じ何の身分の保証もないまま、警察学校の入校案内が郵送されてきた5月20日まで待たされた。

 警視庁警察学校の入校日はさらに2カ月後の7月28日であった。入校当日、「精密身体検査」が入校生一同に行われた。これは警察官として職務に耐えられるかどうかをみる健康診断だという説明があり、この健診の一環として採血も行われたが、何を検査する目的の採血かという説明は一切なされなかった。原告は自分の健康に何ら不安を感じていなかった為、指示が出されるまま健診を受けた。

 この入校日の1週間後には辞令発布が行われる「入校式」が予定されており、入校当日からこの準備のため、原告を含む入校生は警察学校の教官らの指揮命令下に入った。

 7月30日、原告は警察学校での上司にあたるAとの個別面談の際、身体検査の結果に何らかの異常が見られたため、もう一度採血が行われることを伝えられた。翌31日に警察学校内の診療所に勤務している医師から「何らかの感染症にかかっている可能性がある」と伝えられ、再び採血をするように指示を出された。この際、同医師から「安心して検査に行ってきなさい」という言葉をかけられた。

 8月1日、原告は警察学校の職員に付き添われて(財)警察病院へ出向き、再び採血をされたが、この時にも何の為の検査であるかといった説明は全く無かった。その夜、再び上司Aとの個別面談があり、「検査結果によっては、今回の就職は諦めないといけないかもしれない」という言葉をかけられた。

 辞令発布が行われる入校式前日(8月3日)、原告は突然上司Aから呼び出され、警視庁本部の健康管理本部本部長から話があると伝えられた。また、すでに原告の母親も警視庁本部に向かっているとも伝えられた。Aと共に本庁に向かった原告は、そこで母親と合流した。まず原告のみが健康管理本部本部長と面談をした。「免疫力が低下する病気を知っているか」と切り出した本部長に、原告は「エイズですね」と答えた。続けて本部長は、「君の健康状態は実のところあまり良くなく、君の免疫力はかなり低下している。このまま仕事を継続することは困難だろうし、万が一ということも起こり得る。それに警察学校は共同生活でもあるし、柔道や剣道もある。今回の就職は諦めて欲しい」と話した。これ聞いた原告は警視庁がHIV検査を無断で実施している事実を知ったが、本部長の対応から警視庁にはそうするだけの権限があるのかと思い込み、さらにはHIVに感染していること、仕事を失ってしまったことを知ったことから動揺した。しかし本部長が「このことを母親に伝えねばならない。君から伝えるか、それとも私から伝えようか」と迫り、原告は母親のことを思い、何とか冷静さを取り繕いながら、自ら母親へ告知することを選択した。

 上司Aと共に本庁を辞した原告と母親は警察学校に戻り、警察学校の第一教養部教授と面会し、今後の手続き等に関し何の詳しい説明も無いままに「一身上の都合で就職を辞退します」と書かれた雛形を示され、「こういう一筆を書いて欲しい」と伝えられた。動揺していた原告と母親はその通りに文書を作成し、署名捺印した。第一教養部教授は「早く病気が判っただけでも良かった」と声をかけたが、原告と母親には憤る力もなく、警察学校を辞した。
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原告からのメッセージ

 1980年代から、HIVの啓発活動に積極的に力を入れてきた東京都の一組織である警視庁での就職時におけるHWの無断検査を争っている訴訟です。厚生労働省は、HWの検査は本人の同意を得てから行うのが原則だとしていますが、東京都の見解はそれとは違うようです。東京都は、HIVの検査を実施する旨の同意を得なくとも、「健康診断」に対する同意さえあれば、HWの検査に関しても「包括的同意」があるとしています。また、HIVの検査を実施するかどうかの判断は、その仕事の特性を考えて企業等が必要だと考えれば、法定健康診断にHIV検査を加えることが可能だとも主張しています。さらにHIV感染者は障害者認定を受ける事が可能であるから、一律障害者として扱われるべきだとも言っています。

 HIV感染症に対する薬の開発に伴い、AIDS発症を抑える事が可能となってきた今日、HIV感染者の社会参加の意義が改めて問われていると、私は考えています。HIV感染者は、やはり就労能力が劣るとされるべきなのでしょうか? 私はそうは思いません。HIV感染症は人によりその症状が全く異なり、健康の指標ともされている免疫力やウイルス量にしても、そのことから一律に当人の就労能力を判断することは難しいのではないかと思うのです。若年層でのHIV感染が広がるにつれ、HIV感染者の就職の機会がどのように保障されていくのかを、プライバシーの保障と共に、再考していくことが、今必要なのではないでしょうか。
 私の訴訟は@HIVの無断検査によるプライバシー侵害、AHIV感染を理由とする不当解雇という2つの側面で訴えを起こしています。

 東京都は@に対しては「健康診断を実施する際に反対が無かったということから、HIV検査への包括的同意があった」とし、Aに対しては「本部長からの告知がされた際に原告が冷静であったことから、原告は事前にHIV感染を知っていたと思われる。警察学校で行ったHIV検査は2回ともスクリーニング検査でしかなく、HW感染症と診断することはそもそも出来なかったのだから、警視庁が原告に就職の辞退を強制することはあり得ず、原告本人が自発的に就職を辞退した」と反論してきています。

 一方で、警察という業務が激務であることからHIV感染者の病状を進行させてしまう危険性が伴うとし、HIV感染者は病気の治療に専念するべきだとしてHIV検査の必要性を主張してもいます。HW感染に対する啓発活動に力を注いできた東京都の本音と建前の違いに、私はただただ唖然とするばかりです。HIV感染者の社会参加がより促進される為にも、プライバシーの保障と就職の機会の保障という側面を含めたHIV感染の啓発活動の在り方を、私は改めて問いかけて行きたいと思います。
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