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ベトナム:国境越えた人身売買が増加
「豊かな生活」に潜むわな
急がれる防止対策の実施
狙われるベトナム女性

掲載日:2002年10月1日

 ベトナムは今、市場経済の導入により、目覚しい発展を続けているが、その陰で発展の恩恵に浴さない地方の女性たちに魔の手が忍び寄っている。人身売買という卑劣なわなだ。「豊かな新しい生活」に誘われ、ベトナムの女性たちが中国、台湾、タイ、そして米国にまで売り飛ばされている。甘言につられ、魔の手にかかった女性たちは、故郷を遠く離れた異郷の地で辛い日々を送っている。幸い、魔の手から解放された女性たちも、安寧の日は遠い。こうした悲劇をなくすため、女性や子供たちへの教育に加え、関係諸国間の密接な取り締まり協力が求められている。

【ベトナム北部バクザンIPS(タ・トゥ・ザン記者)】
 タン・ティ・デュー(16)の生まれ故郷はベトナムの首都ハノイから50キロ北にある村。農家の娘で、典型的なベトナムの地方出身の少女だ。褐色の肌にがっちりとした体つきで、頭がよく、しっかり者だが、人見知りもする。

 3年前のデューはやせ細り、顔色が悪かった。当時はまだ、中国で過ごした絶望的な日々から回復していなかった。デューは人身売買の被害者だった。

 1999年のある日、デューは親戚のおばさんに、中国との国境の近くにある店での仕事を紹介された。田舎から出て、50キロほど離れたランソン省ボチャイでの新しい豊かな生活を勧められたデューは、両親の反対を押し切って村を出た。

 中国の広西チワン族自治区のへピンシャンへと続く国境の町タン・タインのそばに、その店はあるはずだった。しかし、デューの親戚は彼女をその店ではなく、売春宿に連れて行った。その時から彼女の苦難は始まった。

▽必死の思いで逃走
 デューはそこから別の売春宿に売られた。そして2軒目の売春宿の主は、デューを国境を越え中国へ連れて行き、雲南省に住む中国人家族に売り渡した。

 「売春婦にされるのが怖くて、逃げることにした」とデューは話しながら、一度、売春宿の主に見つかってひどく殴られたことを思い出して涙をこぼした。

 中国人家族に引き取られた夜、デューは再び逃げ出した。「高い塀を乗り越えた時、落ちて足をけがした。車の音がするたびに身を隠した。また捕まるのではないかと生きた心地がしなかった」という。

 翌日、通りがかった2人の中国人女性が、デューを警察に連れていった。中国の国境警察当局はデューをベトナムの国境警察に引き渡した。こうして彼女の1カ月に及ぶ苦難の旅は終わった。

▽生活苦が引き金に
 グエン・ティ・ミ(40)は中国との国境沿いでいい仕事があるという話にだまされた。当時の彼女は今のデューよりもずっと年上だった。

 友人から、1カ月当たり60万ベトナム・ドン(40米ドル)でその仕事を紹介されて、ミは飛び上がって喜んだ。「そのような話は私のような田舎者にとって、またとないチャンスだった」と、バクザン出身のミは振り返る。夫と別れたミは、3歳の息子をひとりで育てなければならなかった。いくら農作業に励んでも、収入は少なく苦しい生活を強いられた。

 国境に向かう途中、男が彼女にぬれたタオルを手渡し、それで顔を拭くように言った。「その後のことは何も覚えていない。タオルには麻酔薬が含ませてあった。目を覚ますと、外国語でしゃべっている声が聞こえてきた。何を話しているのかまったく分からなかった」。

 「私はようやく中国人の結婚相手として売られたことに気がついた」。それからミは11年間、中国の広西チワン族自治区で暮らした。

 デューとミには年の差にもかかわらず、共通点がある。それは2人とも、新しい生活を求めていたということだ。人身売買の被害者になるのは、若い女性だけではない。仕事の機会やよりよい生活を求めている大人の女性もだ。

 数多くのベトナム人女性が、売春婦や中国人男性の結婚相手として中国に売られている。こうした中国の嫁不足の背景には、「一人っ子政策」も考えられる。

▽ボーダーレス化が助長
 ベトナム人民警察本部の発表によると、2002年5月現在、1万400人近い数のベトナム人女性が中国に、さらに、1万2000人が台湾に売られている。さらに、18〜40歳までの女性1万人が、カンボジア、タイ、シンガポール、香港、マカオ、さらに米国に向け人身売買されているという。人身売買の件数の増加は、国境警備の乱れに呼応している。ボーダーレス化は、人身売買のような社会的に許されない行為をも助長しているのだ。市場経済もその一因と見られている。

 幸いデューは、売春を強要される前に逃げ出すができた。だが、ほかの多くの女性たちは、いまだに家に帰ることができない。11年後の今年初め、ミーも故郷の町に戻ってくることができた。「中国人の夫は貧乏な農夫だったけど、悪い人ではなかった。私の境遇に同情し、家に帰りたいという気持ちが変わらないことを知った夫は、好きなようにしなさいといってお金までくれた」とミは言う。

▽帰国後も残る心の傷
 それでも、多くの人身売買の被害者と同様、2人は今、失った時間を取り戻すのがどんなに困難なことなのかを経験している。デューが家に戻った時、両親は一緒に暮らしてはいなかった。父親は母親がデューを売り飛ばしたと思ったのだ。ミも家族と11年ぶりに再会できたものの、自分の不在が息子に与えた影響を知って、がく然とした。息子は学校に行けず、読み書きができなかったのだ。

 「人身売買の被害者が、心に負った傷を乗り越えるのは容易ではない」と、バクザン女性連合のグエン・ティ・バク議長代理は言う。女性たちには、地域全体の助けやベトナム女性連合(VWU)の地方支部などの協力が必要だと訴える。

▽人身売買予防教育を実施
 今年5月、ベトナム女性連合は、国境を越えた人身売買問題の実情調査のために、国境沿いにある中国の南部地区を訪れた。ベトナム政府や地方自治体も、帰ってきた女性たちを社会復帰させるためのプログラムを実施し、職業のあっせんや自活に向けた援助などを行っている。特に地方では、女性や子供を対象に、人身売買への注意を促す教育プログラムも進められている。

 ベトナム女性連合はバグザン州で、「メコン河流域諸国における女性と子供の人身売買撤廃を目指す国際機関」の協力の下、人身売買にたち向かうための訓練所を設けている。

 人身売買の手口が巧妙化しているため、この問題を解決するには司法当局間の連携も不可欠だ。ベトナム当局によると、2000年の人身売買事件数は213件で、351人が裁判にかけられ、2001年はさらに増加し、同件数が256件、438人が裁判にかけられた。
 
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