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バングラデシュ:イスラム流エイズ対策
モスクを通じた啓蒙活動
限界と問題点を指摘する専門家
セーフ・セックスが焦点に
  バングラデシュではイスラムの宗教指導者を通したエイズ啓蒙活動が行われている。知識普及の面で活動が評価される一方で、道徳や宗教的規範を説くだけでは無意味だとの批判もある。宗教者には、コンドームを勧めることへの抵抗感が消えない。同国のエイズ対策の現状と課題を、イスラムとの関係から探った。

 【ダッカIPS(クッラトゥル・アイン・タフミーナ記者)】バングラデシュの首都ダッカは人口の9割以上がイスラム教徒だ。郊外のモスクでイマーム(モスクの礼拝指導者)を務めるマウラーナ・アティクル・ラフマンさんはこれまで、金曜日の説教には決まって宗教的なテーマを選んできた。しかし最近、話は宗教、生活、そして危険な性行動に及ぶ。
 「信徒には『妻以外とのセックスと同性愛行為は絶対に許されない』と話している。コーランにもあるが、イスラムの教えは不倫と同性愛を硬く禁じる。1500年前、預言者マホメットはこの2つの行為の後には死が待っていると警告を発せられた」とアティクル・ラフマンさんは話す。
 「信者にHIV(ヒト免疫不全ウィルス)の感染方法も説明する。感染すれば治療法はなく死ぬしかないが、有力な感染経路の一つが不貞な婚外交渉であることを説き、性交以外の感染の危険性も訴えている」と付け加える。
 バングラデシュのHIV感染率は2%と低い。しかしアティクル・ラフマンさんの話は国内での危険な性行動に触れている。婚前、婚外の性交渉は非常に高い比率で行われており、性産業の利用率は高いもののコンドームはほとんど使われていない。
 HIV/エイズ感染の原因としては、この他に静脈注射を用いた薬物常用者の増加、検査抜きの輸血、またとりわけ意識の欠如が挙げられる。政府統計によれば、人口1億3000人のうち、感染者は約180人に過ぎない。
 だが専門家筋によれば、現状に満足している場合ではない。アティクル・ラフマンさんが6カ月前に「イマーム訓練アカデミー」が主催するHIV/エイズのトレーニングに勧誘された背景にはこうした事情がある。同アカデミーは宗教問題担当省が運営する「バングラデシュ・イスラム財団」の一組織だ。

▽イスラムに基づくエイズ教育
 アカデミーは1998年からイマーム向け教育プログラムにHIV/エイズの啓発と予防を加えた。参加者は一次医療、性と生殖に関する健康、性感染症についても討議を行う。アカデミーによれば、約2万人のイマームがイスラムの観点からHIV予防トレーニングを受講した。
 トレーニング部門の副責任者モハンマド・アバドゥーラさんは「イマームはコミュニティから信用と尊敬を集めており、トレーニングは非常に効果的だと考えている」と話す。
 「イマームは若者の心を動かしてエイズの危険性を喚起させることができるし、オピニオン・リーダーの説得も可能だ。わが国では大量の地方出身者が海外に出稼ぎに行く。セックスは生物学的な欲求なので、海外ではいかなる時でも自制心を失いうる。トレーニングを受講したイマームには、出稼ぎ者にも危険性への自覚を促すことができる」と付け加えた。
 イマームに男性の性行動に焦点を絞ったトレーニングを行うことも、プログラムの思いがけない成果の一つだ。国内約20万のモスクは、都市部のごく少数を除いて男性だけを対象としているからだ。
 財団のシェード・アシュラフ・アリ事務局長は「イマームは男性限定の会合で話をするため、HIV/エイズを話題にしずらいという、社会のタブーを容易に克服することができる。しかもイマームが話をする相手は、毎週顔をあわせる親しい仲間だ」と語る。
 イマームにはまた、毎日の祈り、イマームが主催する定期会合や結婚式の場でもHIVの啓発と予防を広めることが推奨される。

▽コンドームに消極的な宗教者
 しかしHIV/エイズ活動家は、宗教指導者が発する情報には限界があると指摘する。たとえばアティクル・ラフマンさんは乱交や道徳について語る一方、コンドームの使用を勧めない。イスラムの指導者はコンドームの使用を誤りとするが、保健問題の活動家はこれをHIV/エイズの要だと捉えている。
 アティクル・ラフマンさんは「コンドームの話はしない。必要なのは不貞な婚外性交渉か、同性愛行為の時だけだからだ」と話す。またアバドゥラさんは「宗教的観点から、コンドームによるHIV予防は勧められない」と話す。
 しかしアティクル・ラフマンさんは男性限定の会合で、HIVの情報と、関連する宗教上の規制を家族の女性に伝えるよう、参加者に呼びかけている。
 アティクル・ラフマンさんの妻、タスリーマ・アクテル・スワプナさんは「以前はエイズについてほとんど知らなかった。夫がトレーニングに行って自分もHIVの感染方法を知り、他の女性にも情報を伝えるようになった。他の人には、自分たちが宗教上の規則を守り、夫にもそうさせるように話している」と語る。
 スワプナさんはコンドームの利用を促さないという夫のやり方に同意するが、「問題は間違った行いをする人たちが、その誤りと危険性を理解していないことだ」と指摘する。
 活動家の目から見ると、妻の意見がほとんど聞き入れられず、仮にセーフ・セックスのことを知っていたとしても、夫と渡り合うだけの力を持たない社会では、妻が夫の「間違った行い」をただすような位置に立つことは難しい。

▽セーフ・セックスの普及策を模索
 一方活動家の側は、HIV/エイズに関する情報の伝達手段はどれも重要だが、「宗教上の規制」や道徳的判断はエイズ対策の障害になると考えており、警戒感を持つ。
 「イマームを説得すれば、私たちの力となり、人々をいともたやすく短期間で説得してくれるだろう。だが宗教上の規制を復唱するだけのトレーニングではダメだ」と、国内最大のHIV予防プログラムを運営する非政府組織(NGO)「CARE」のスラジット・ジャーナー博士は語る。
 「人々は複数のパートナーと性交渉をしているのが現実だ。ウィルス感染源は性的接触が過半数を占める」と博士は付け加える。
 「したがってセーフ・セックスを呼びかけないHIV予防はあり得ず、コンドームの使用を促すことは避けて通れない。コンドームの使用を訴えれば不道徳な行いを助長するとの主張があるが、コンドームやセーフ・セックスに関わるプログラムではこうした意見をつねに克服する必要がある」と説明する。
 アカデミーでHIV/エイズの講義を行う、全国HIV/エイズ委員会委員長のA.S.M.マティウル・ラフマン少将は、イマームにセーフ・セックスとコンドームの使用を巧妙に説明している。
 「私は「もし実際にウィルスに感染すれば、法的なパートナーを守るのはその人の責任で、コンドームがその答えだ」と話しており、この言葉を各自の集会でも伝えるよう呼びかけている」と説明する。
 バングラデシュ家族計画協会のイスラム研究部門責任者で、礼拝指導者の経験もあるM.アッバース・ウディンさんは、このように遠回しにセーフ・セックスを説くことは無意味で無駄と考えており、アカデミーのやり方は「HIV/エイズが背徳者の病気だという考え方に焦点を絞ったものだ。こうした見方からは、HIV/エイズに不可欠な人道的なアプローチが欠落している」と批判する。
 アッバスさんは「宗教指導者がセーフ・セックスのためのコンドーム使用を勧めない理由が理解できない。十分な知識があれば、人間の行動のあり方と限界を理解していれば、セーフ・セックスを勧めることに宗教上の障害は存在しないはずだ」と話す。