掲載日:2002年7月9日
内戦と虐殺の恐怖からようやく抜け出し、国家再建、経済開発を進めているカンボジアが今、エイズ流行という新たな問題に直面している。同国では最初の感染者発見から約10年間の間に、感染者・患者が増え続け、同数は現在約22万人にも達している。この現状を打破するため、同国国会はこのほど、「エイズ予防・規制法」を採択し、エイズ対策に本腰を入れて取り組む姿勢を明らかにした。同法では自分のエイズ感染を知りながら、他人に感染させた場合には罰則が加えられることになった。しかし、同国の女性国会議員は「男性の性行動を変えることが重要」と指摘、国民が一致してエイズ予防に取り組む必要性を強調している。カンボジアをはじめ、フィリピン、タイなどが進めるエイズ対策の現状を報告する。
【バンコクIPS(マーワン・マカン・マーカー記者)】 カンボジア国会はこのほど、エイズ対策法を賛成多数で採択した。これにより同国でエイズウイルス(HIV)に感染あるいは既に発症している患者たちが、社会から受ける不当な差別などから保護されると同時に、エイズ感染予防・防止に役立つことが期待されている。中でも、男女差別がまだ強く残るこの国で、女性たちが平等の社会的権利を主張できる法的根拠を得たことになる。
国連エイズ合同計画(UNAIDS)の東南アジア事務所のトニー・リスル所長は「画期的な法律です。この法律によりエイズ感染者たちが保護されるからです。感染者たちは差別を受けた際、この法律を根拠に、立ち上がることができるのです」と述べ、対策法の成立を高く評価する。
▽男性の買春行為に非難
今回のエイズ対策法は社会的に不利な立場に置かれている女性、中でも家庭の主婦たちの強い味方になる。自分がエイズにかかっているのを知りながら、それを他の者に感染させた場合には、その行為を犯罪とみなし、法的制裁を下せることになっている。
東南アジア地域でのエイズ感染の主要ルートがそうであるように、カンボジアでもエイズ感染のほとんどが男女間の性行為を通じて起きている。この国でエイズ感染者が初めて見つかったのが、内戦が終わり、国家再建への緒に就いた1991年のことだった。当初、エイズ感染者は性産業で働く女性たちがほとんどだったが、最近ではその枠を飛び越え国民のすべての層にまで広がっている。
その原因となっているのが、夫の買春行為だ。これまでの調査によると、調査対象となった男性のうち、実に70%が買春行為を行っていることが分かっている。今回のエイズ対策法の法案審議中でも、女性議員たちからは男性による買春行為に批判が集中した。そのうちのひとりホ・ノン議員は「男性は自分たちの行動様式を変えねばなりません」と発言、男性たちの無責任な性行為が女性たちを苦しめていると批判したという。
カンボジアのエイズ感染者・患者数は子供も含め約22万人に達し、このうち8万人が死亡すると推定されている。また、全感染者・患者のうち21万人が成人で、しかも15歳−49歳の感染者・患者に限ると、3人に1人が女性であることが分かっている。UNAIDSの調査では、人口1150万人のカンボジアでは性産業で働く女性たちが最も危険な状況に置かれ、そうした女性たちの40%がエイズ感染者・患者であることが分かっている。
▽比がエイズ立法の先駆者
東南アジア諸国のうち、エイズの流行を立法措置で防止することを決めたのはカンボジアが2番目だ。長年にわたって続いた内戦で疲弊したカンボジアが、今度はエイズ禍で内戦終結後の国家再建が危険にさらされようとしている。
立法措置でエイズ防止に取り組んだ最初の域内国はフィリピンだった。同国は1998年に「エイズ予防・規制法」を発効させた。
「この法律は、エイズに感染しているかどうかは別にして、フィリピン女性にとりとても重要なものとなりました。この法律により、学校教育の中でエイズ予防を生徒・学生たちに教えることが義務付けられたからです。エイズ予防の第1歩は学校での予防教育の実施にあるのです」と強調するのは女性の権利擁護活動を進めているマリア・ビクトリア・バレザさん。
バレザさんはさらに、この法律がエイズ感染者・患者に対する差別の禁止条項を盛り込んだことも重要だとしたうえで、「採用、学校入学の際や、職場などでエイズ検査を強制するのは違法となりました」と指摘している。
また、フィリピンでは女性たちが保健所などでエイズ検査を受ける際、完全に匿名で受けられることになっており、ベレザさんは「エイズに感染する危険性の高い仕事に就いている女性は大変助かっています」と話す。
フィリピンは東南アジア域内ではエイズ流行が低く抑えられている国のひとつだ。人口7500万人に対し、エイズ感染者・患者数は2万8000人とされている。しかし、この国でもエイズ感染ルートは男女間の性行為で、感染者・患者のうち成人が2万6000人で、さらにこのうち女性が1万1000人を占めているという。
▽タイは国民参加でエイズ予防
タイでのエイズ防止対策はカンボジア、フィリピンの手法とは違っている。つまり、特別な対策法などをつくるのではなく、政府・国民が一丸となって防止運動を強力に進めようというのだ。タイは1997年に「エイズ予防・規制に向けた国家計画」を策定し、感染者・患者たちの権利擁護や予防対策などを積極的に進めている。
この計画は、個人、家庭、社会がエイズ予防と患者対策の主人公となるように求めている。「計画ではエイズへの差別と闘い、(感染者・患者への)いわれなき汚名をそそぐよう努め、こうした活動に個人、家庭などがすべての人々が積極的に取り組むように求めているのです」と計画の意義を説明するのは、エイズ対策の先頭に立つチュラロンコン大学で人権問題などを研究するビティット・ムンターボン氏。
「タイが実践しているエイズ予防策はコンドームの使用、教育と保健活動の充実などです。長年にわたって社会差別を受けてきた(感染者か患者の)女性たちにとっては、このタイ式取り組みが大きな勇気を与えています」とムンターボン氏は続ける。
▽タイでの死者総数は30万人
こうしたタイの国民参加型エイズ対策が効果を挙げ始めている。タイは東南アジア地域で最も多くのエイズ感染者・患者を出しているが、コンドーム使用の徹底や反エイズ運動の実践により、新たな感染者の増加に歯止めが掛かり始めているという。
UNAIDSによると、人口6200万人のタイには現在、75万人を超えるエイズ感染者・患者がいるとされる。しかし、実態はなお不明で、同数が既に約100万人に達していると見る者もいる。初めての感染者が見つかった1984年以降、既に30万人がエイズで死亡したといわれる。
UNAIDS報告によると、タイでの感染ルートは80%が男女間の性行為で、感染者・患者約75万人のうち成人が74万人で、さらにこのうち30万5000人を女性が占めているという。
ムンターボン氏は、タイがカンボジアやフィリピンとは異なるエイズ対策、つまり罰則などを設けない「柔軟方式」の効用を強調する。「カンボジアが採用している
“強硬型”では違反者に罰を与えられ、それも良い点のひとつでしょう。でも、タイには強制力を伴う法律をつくらなくても、憲法で既にさまざまな権利が擁護されています」と続ける。
UNAIDSのリスル東南アジア事務所長も「エイズ感染者・患者にとり最も重要なのは諸権利が守られ、社会生活を平等に送れることなのです。女性の感染者・患者の場合なら、健康診断や治療薬の受け取りが普通にでき、なおかつ、いわれのない汚名から解き放たれることなのです」と述べ、感染者・患者の権利を守り、平等に暮らせる社会環境をつくることがエイズ対策の基本だと強調する。
【メモ】世界のエイズ現状
国連エイズ合同計画(UNAIDS)はこのほど、世界のエイズウイルス(HIV)感染者数をまとめた報告者を発表。それによると、2001年末現在、HIV感染者数は約4003万5000人に上っている。アフリカ南部のボツワナでは成人のHIV感染率は38.8%の高率で、5人に2人弱が感染者という。また、最近の感染者増加が懸念される中国では、政府発表で感染者数は85万人だが、実際にはほぼ2倍の150万人に達している可能性が高いという。UNAIDSは、先進国とアジアの一部で感染率が頭打ちになっているとしながらも、現状を感染者が今後も増える初期段階にすぎないと警告、地球規模でのエイズ予防運動の必要性を訴えている。
|